「おれは特攻帰りだ。あんたは幾つだ」「75歳だ」「俺は94だ。特攻隊に志願したが終戦で帰ってきた。75じゃまだまだ小僧っ子だ」「初対面の客に言いたいことを言うね。でも94歳とは立派だ」と私。
熱海市熱海銀座商店街の細い路地のフラッと入った喫茶店「ボンネット」のオヤジとの会話だ。ボンネットとはフランス婦人がかぶっていた帽子のこと。終戦後東京で見たフランス映画でボンネットの格好よさに「俺の店はボンネットにしよう」と決めたという。
今まで「喫茶店を始めて54年」というのが最長新記録だったがまだ上がいた。「特攻から帰ってきて23歳からここで店をやっている。72年になる」と老店主。歩き方、姿勢も悪くはない。74歳の女房と2人でやっている。
若い男の6人組には「5人以上は断っている」。「いい商売をしているね」と私。「人数が多いとやり切れない。無理をしないようにしている」。
店を出る段になって手持ちの小銭10枚ほど出して500円のコーヒー代を払おうとモタモタしていたら「早くしろよ。俺だって忙しいんだ」。私はニヤニヤしながら店を出た。